経済効率性だけを求める在り方への疑問や、グローバル化とテクノロジーの発達による情報化社会の加速などにより、価値観の多様化がますます進んでいます。

こうした社会では、周りの変化を促す視点を投げかけると同時に、多様な視点を取り入れ続け、自らも変化し続ける姿勢が求められます。

デザイン・イノベーション・ファームTakramの佐々木康裕さんは、新著「パーパス『意義化』する経済とその先」(NewsPicksパブリッシング)をはじめ、ニュースレターサービス「Lobsterr」などを通じ、少し先の未来の姿を投げかけ、変化の兆しを作ってきました。また、佐々木さん自身もあえて自分の主張を自分でひっくり返すような「煮えきらない」スタンスを取り、自らを変え続けていると言います。

変化の激しい時代において、どうすれば変わり続けられるのか。そのヒントを伺いました。

(佐々木さんご自身の言葉や、編集部との対談内容をお楽しみいただける、取材時の生音声をYoutubeで公開しています。原稿からはカットした、良い意味で脇道にそれた話も入っております。移動中の方や、ながら作業を好まれる方は、こちらからご視聴ください)

多様な変化を可能にする「煮えきらない」姿勢

―新著「パーパス『意義化』する経済とその先」やLobsterrでは、変化のきっかけとして、未来の姿を示唆される機会が多いと思います。佐々木さんは未来を投げかける上で何を大切にされているのでしょうか。

著書でもニュースレターでも、やりたいのは多様な視点を投げかけることです。ラディカルな意見を強化するロジックやファクトだけで進めないようにしています。また、あえて過去の自分の発言を否定する事象をたくさん見つけようとも試みています。

たとえば、著書では「パーパスが大事」と書いていますが、次の世代では「別にやる気やミッションってなくてもいいじゃん」みたいな流れが出てきて、「パーパスハラスメント」みたいな言葉が出てくるかもしれない。僕はそういう流れこそを積極的に紹介して、多様な意見がお互いを称えるような未来になればいいなと思っています。

僕は現状が最適解だとは思っていないんです。常に変化し続けるといいなと思っている。しかしながら、前進だけが選択肢でなくても良いというのが僕の意見です。煮えきらなさを大切にしているんです。

―前進だけが選択肢ではないとすると、他にどんな選択肢があるのでしょうか。

人類学者のクロード・レヴィ=ストロースが「熱い社会」と「冷たい社会」という2タイプの社会について論じています。熱い社会は西洋的な「昨日より今日の方が進んでいる」価値観を持つ社会で、冷たい社会は「未開社会のように同じところをぐるぐる回っている」ような非西洋的な社会。

僕はこの先、冷たい社会もありだなと思っています。たとえば、近ごろ議論されている低成長で低環境負荷の社会には、どこかに進むのではなく、過去のどこかの地点に戻る冷たい社会的な観点が必要かもしれない。

世界で1番イノベーションが生まれているアメリカでは、貧富の差がどんどん激しくなっていて、到底サスティナブルなスタイルだとは思えません。変化の方向性が画一的になると、不幸な人が増えてしまうのではと思うんです。そこに対して、「やっぱり北欧的な高福祉型社会がいいんじゃないか」とか「中国的なスタイルもありだよね」といろいろな視点の意見を議論できると良いなと思っています。

―いろいろな視点の意見を議論すると、一人のなかに多様な視点が生まれ、良い意味での「煮え切らなさ」につながる。それが、変化の形を画一化しない社会につながるのかもしれないですね。自分の立場を固定してわかりやすさを強調する方が注目されやすいですが、そうではない人が増えると、冷たい社会の実現にもつながりそうです。Takramの仕事は、まさに多様な変化を生む仕事だと思います。視点を投げかけるだけでなく、変化までつなげるために何を大切にしていますか。

自分を変えるのと他人を変えるのは別の話なので、なかなか難しいですよね。ありがたいことに、Takramと一緒に仕事をしたいと言ってくださる企業は「変わりたい」や「変わらなければ」といった思いを抱いている場合が多いので、変化できる素地がある状態からプロジェクトをはじめられていると思います。

でも、プロジェクトメンバーや経営陣以外の人たちに変化を促すのは容易ではありません。Takramが関わる期間は基本的に数ヵ月。その後、クライアントのなかで新しい視点が浸透していくかはアンコントローラブルです。

そうした課題に対する施策として、とあるクライアントとの取り組みでは、毎月ゲスト講師を招いて、気候変動やジェンダー、AI、倫理、人種問題など、常に新しいグローバルアジェンダを組織に投げかけるプログラムを行なっています。

変化を起こすために何か特定のプロジェクトを行うのではなく、世の中の最先端事情を学び続ける機会を通して、サービスを考える際のスタート地点を変えられるのではと考えたのです。つまり、新しい視点がOSのように機能して、新サービスやプロダクトを考える際に活かされていけばいいと思ったんです。

ただ、矛盾するようですが、変わらないことが悪だとも思っていません。イノベーションや変革を先導する人もいますが、「ビジネスにヒューマニティを」という僕の観点から言うと、事情があって変われない人もいると思うんですよね。そうした考えもリスペクトして、イノベーションの押し付けや、新しい働き方以外はダサいとか古いといった風には絶対したくないなと思っています。

異なる価値観を受け入れるために、コモングラウンドを見つける

―Takramのような企業に外部からサポートいただくのではなく、内側から視点を増やしたり、視座を上げたりするにはどうしたら良いのでしょうか。特に大きな企業は組織内でトップに対して変化を促す機会が少ないと感じていまして、歯がゆい思いをしている現場社員もいるのではないかと思うのですが……。

とても難しい問題ですね。大切なのは、経営陣や従業員問わず、「みんなが社外の人と話す機会を増やすこと」だと思っています。今おっしゃられたような課題を抱えている企業の多くは、会話する相手が社内の人に偏りがちだと感じています。社内会議だけを見据えた動きしかできていなかったり、新入社員が社内の先輩とばかり話していたり。役員になっても、社外の人との会話より部下からの報告を受けている時間のほうが多かったり。

社内の人とばかり話している組織は、とにかく消費者や消費者の意思決定に影響を与える人と話し続ける時間が大切だと思います。そういった人の考え方を知ると、サービスや会社の機能的な部分だけじゃない価値に気づく。つまり、視点が増えることにつながるのではないでしょうか。社内・社外の人と話す比率はとても大事だと思います。

―視点が増えていくなかで、その価値観は受け入れられない、わからなくはないけれど理解しがたいと感じる相手と、一緒に仕事をする機会もあると思います。とはいえ仕事だから一緒にやらなければいけないといったとき、どう相手を受けとめればいいのでしょうか。

僕も聖人君主ではないので、一生分かり合えないと感じる人もいます。ただ、受け入れられないと感じる人が少ないタイプなので、誰に対しても割とオープンでいようと心がけています。

また、自分と違う立場から書かれた本を努めて読むようにもしています。最近だと、白人ナショナリズムの人たちのインタビュー集を読みました。もし僕が彼らと同じ場所に生まれていたら、彼らと同じように感じると思うんですよね。

BCG Digital Venturesのシニアストラテジックデザイナーであり、Lobsterrを一緒に立ち上げた岡橋惇さんがよく用いる概念に「コモングラウンド」があります。どれだけ意見が違う人同士でも、共有する場所、つまりコモングラウンドがあるはずだ、という考えで、僕も大切にしたいと思っているんです。

たとえば、新型コロナウイルスで反ワクチン派と推進派に分かれていても、家族や自分の健康を大切に思っている点は一緒でしょうし、リベラルと保守も国が好きな気持ちは同じかもしれない。コモングラウンドがゼロの人は基本的にいないんじゃないかなと。そのコモングラウンドから会話をはじめるのが大事だと思いますね。

Takramでも会話を非常に大切にしています。社内ではオフィシャルな議論とアンオフィシャルな雑談の場をバランスよく設けるようにしていますし、クライアントとは一人ひとりに対して1~2時間のヒアリングを行っています。ヒアリングでは、「〇〇株式会社の課長」という帽子を被った状態とそれを脱いだ状態、両方の考えを聞くようにしています。そういう会話から、その人の価値観を理解するのが大事なのだと思います。

―会話する上で大事にしている姿勢はありますか?

絶対に論破しないようにしています。会話が進まないときって、どちらかが相手を論破しようとしているんです。すると、論破される側は貝のように意見を閉じ込めてしまう。まずは、コモングラウンドを見つけて会話のプロトコルを設定する。僕にある種の正義があるのと同様、相手にも相手なりの正義があるのだと受け入れる。そんな姿勢が大切だと思います。楽観的過ぎるかもしれないんですけどね。

変化し続けるとは、自分を“立体的”にすること

―「自分の意見とは真逆の意見を紹介する」「イノベーションを目指してもいい。でも、変革を欲しない状態も受け入れる」「論破しようとしない」といった具合に、佐々木さんは「煮え切らなさ」を大事にしていますよね。佐々木さんが意見を言い切らない、変化し続けるスタンスに至った背景についてお聞きしたいです。

別の視点が入ってくるのが当たり前の環境で生まれ育ったからかもしれません。これまでの人生で、特定の環境に5年以上いた経験がないんです。小学生の頃に2度転校をして、大学を出て総合商社に就職後も出向が多く、8年間で3つの職場に所属しました。その過程でアメリカのシリコンバレーで働いた時期もあります。子ども時代から数年ごとに自分がリセットされる感覚があって、それが変化への耐性や楽しもうと思えるマインドにつながっている感じがしますね。

―新しい環境を戸惑うよりも、どうすれば楽しめるかを意識されていましたか。

そうですね。これまでいた環境との違いに目を向けると苦しいじゃないですか。小学生の頃は、引越しをすると学校ごとに時間割も違うし、じゃんけんの仕方だって違う。謎のローカルルールもいっぱいある。そこで「何でこれまでのやり方はダメなんだろう」と思うより、現地の状況に染まる方が楽しくいられると気づいたんです。

人生を通してずっとそういう在り方なんですよね。シリコンバレーでは変化を作る最前線の人とコミュニケーションを取りながらベンチャー投資をしていて、日本に戻ってきてからは日系の大手企業で働いて。その2年後には経産省に出向と、落ち着かない人生を送ってきたので、自分を開いて、相手を受け入れ変化し続けるクセがついたのかもしれません。

―いろいろと染まったり変わったりするスタイルが、逆に自分のアイデンティティを揺らがせたりしなかったのでしょうか。

僕の場合、アイデンティティを揺るがす出来事が、結果的に良い方向につながっているんです。

学生時代は、小学校から高校生までやっていたサッカーを怪我の影響で辞めた後、大学で写真をはじめ、それがクリエイティブなことに興味を持つきっかけとなりました。

商社を辞めてアメリカ留学中にデザイン思考を学んだ時も、これまで自分がビジネスで活かしてきた考え方の違いゆえに、今までの成功体験やフレームを引き出しにしまう必要がありました。でも、そのおかげで偏りなく新しい視点を獲得でき、今ではビジネスとクリエイティブの両方を越境するビジネスデザイナーという肩書きで働いています。

作家の平野啓一郎さんが「分人」という概念を唱えていて、僕はそれが好きなんです。「分人」とは、「ひとりの人のなかには自分が何人もいる。会社の同僚、友人、夫・妻、親や子どもなど、相手によって異なる自分が存在していい」という考えです。新しい価値観や方法論を採り入れるときに、必ずしも今まで持っていたものを捨てる必要はないと思っているんです。

人格AをBで塗り替えるんじゃなく、Aを出したりBを出したりと、特定のアイデンティティに自分を規定しすぎず、自分を立体的にすると、変わり続けられるし、多様な視点を持てるのだと思います。

―いろいろなフィールドに行きながらも、ぶらさずにいる軸はありますか?

唯一あるとすると、今住んでいるところを終の棲家だと思わないようにすること。「一生ここにいるぞ、これをやるぞ」、と思わない点が一貫していると思いますね。

―「変化し続けること」を変えないようにしている?

まさにそうですね。禅問答みたいな感じになっちゃいましたけど(笑)。

変化の兆しは「べき論」や規範から離れた場所に

―佐々木さんのように自分を立体的にしていく上で、明日からでもはじめられることはありますか?

「自分で選んだコミュニティを持ってみる」でしょうか。人には大学のサークルや会社の部署、家族や居住地域などなりゆきで所属しているコミュニティがありますが、そうじゃないコミュニティに所属してみると視点が増え、学べるものがあるんじゃないかなと。

たとえば、飲食店で店長をやっている人が、プログラミングを学ぶコミュニティに属して勉強してみるとか。自分で選んでいれば、コミュニティに属さなくてもいいかもしれません。僕の場合は、好きな映画監督の作品から見はじめて、その人が影響を受けた他の監督の作品を見て、その次にその監督の右腕の撮影監督が手掛けた別の作品を見たり。本もそうですね。いいなと思った本の翻訳者が手掛けている別の本を読んだりとか。

「自分がラーメン屋を経営するとしたら、どうすればいいだろう」など、興味のあるマイテーマを定め、3ヵ月くらいの時間をかけて大人の自由研究をしてみても良いですね。1個何かに没頭すると、新しい自分のキャラクターが生まれていきます。そうするうちに、どんどん自分のアイデンティティが立体的になり社会と接する面が増えていくと思います。

―取材を通して、改めて佐々木さんは人の尊厳を大切にし、可能性を信じていらっしゃるのだと感じました。最後に、なぜそうした姿勢を取れるのか教えてください。

僕自身に変われてきた成功体験があるからかもしれません。人の可能性を引き出す大きな要素は環境だと思っています。「こういう性格だから」とか「こういう生まれだから」などのその人自身の要素はあまりないと思っているんですよね。

環境をまったく変えたところでなら、周りの評価も気にならなくなります。そうすれば、新しい自分に生まれ変われる。僕にとってはLobsterrがそういう場です。社会的な「べき論」や規範、ムードから離れて、好きなところで何かをはじめられる限り、人は変われると思っているんです。

―自分のなかに多様な視点を取り込み、変わらないものを受け入れる勇気と変えていく大切さを感じられたお話でした。個人的に最近のモヤモヤも晴れた気がしています。

ある種の言い切らなさを大切にしているので、さらにモヤモヤさせて終わっているんじゃないかとも思うんですが……。

―そのモヤモヤがあるからこそ、変わり続ける姿勢につながるのかなと感じました

(佐々木さんご自身の言葉や、編集部との対談をお楽しみいただける、取材時の生音声はこちらから)​

​最新書籍「パーパス 「意義化」する経済とその先」はこちらからぜひご覧ください。

[取材構成編集・文] 卯岡若菜 、イノウ マサヒロ、水玉綾 [撮影] 伊藤圭

Beingは、
ひたむきに生きるビジネスパーソンが打ち明けた、
純粋な願いたちを集めました。

人として、組織として、社会として、
本当はどう在りたいか。

組織と事業の成長、取り巻く環境変化のなかで
ときに矛盾や葛藤、経済合理性にもがきながら
彼らがBeing-在り方-を磨いてきた過程とは。

ここでしか語られることのない
飾らない言葉たちを分かち合います。

さあ、本当の願いからはじめよう。

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