近年、人材育成の理論として注目を浴びている成人発達理論。そこでは、人の成長に、意識の成長(垂直的成長)と、知識や能力の成長(水平的成長)が存在するとされています。より複雑化し変化の激しい社会においては、能力の習得だけではなく、最適な能力を発揮する土台となる、意識の使い方に注目が集まっています。しかし、人の意識は言語化や数値化がしづらく、捉え所のないものです。

ZaPASS CHRO・垂水隆幸さんは、プロコーチとして、数多くの経営者・ビジネスリーダーの成長を支援してきました。その経験から意識段階の測定ツール「意識構造診断」を開発し、ZaPASSの社内で実践しています。

「意識構造診断」とは何か。意識の成長はどのようなプロセスで起きるのか。垂直的成長のための考え方と実践について、お話を聞きました。

3歳からの視座の変化を振り返り、恐れや執着を解消する

ーZaPASSに導入している「意識構造診断」の狙いについて教えてください。

私の理解では、成人発達理論でいう「垂直的成長」とは、自己中心的な意識で生まれた人間が、より他者や社会に対して意識を向けるようになる、いわば視座の拡大・成熟と言えます。そのプロセスは以下の変遷図のように、自己中心→他者中心→合目目的→自他最適→社会的→去私的→統合的と進んでいくと解釈しています。

垂水さんによる視座の変遷図

意識構造診断とは、視座の拡大・成熟度合いを測定する方法論。ZaPASSでは、僕が経営陣の皆さんの診断を行い、手法を伝授した管さん(代表取締役 COO:管 大輔)が、メンバーに実施しています。3歳からの半生を1年ずつ振り返りながら、当時の出来事とその時発揮した視座の範囲を読み取り、さらなる視座(私は悟性という表現もします)の成熟における課題を見つけていきます。

ーどのような課題が見えてくるのでしょうか。

よく人間の発達は一つずつ段階を登っていくように思われがちですが、私の認識は少し違います。人間は特定の発達段階にいるというよりは、さまざまな視座の状態を行ったり来たりしながら、ミルフィーユのように、さまざまな物の見方を養っていくもの。理想的な成人というのは、適した状況で適した物の見方、適した振る舞いが出来る人のことをいうと考えています。

しかし成長のプロセスのなかで、ある特定の物の見方(例えば自分中心の物の見方)に偏り過ぎたせいで、痛い思いをして、その特性(例えば自分の都合を主張する特性)を出しづらくなるという課題があります。例えば、子供の頃に自己主張が強すぎて大人に怒られ続けた方が、自己主張に対する恐れが残っていて、ビジネスで主張をすべき場面でも、無意識的に気持ちを抑圧してしまうようなことが起きます。

他にも、現在の物の見方への執着も、よく課題として現れます。例えば、“合目的”的視座(成人発達理論でいうオレンジ段階の物の見方)の特徴にある、理性的な立ち振る舞いや、具体的な課題解決に優れた経営者の方が、それに執着するあまり感性や直感などを扱う、“社会的”視座(成人発達理論でいうグリーンやティール段階の物の見方)へ移行しづらくなっている場合などがあります。

ー特定の視座への恐れや執着があるんですね。診断によって見つかった課題はどのように解決していくのでしょうか。

恐れが課題を生み出している方には、その恐れを喜びに変えていく機会を用意します。例えば、個性的で“合目的”的視座を強く持っている経営者であっても、他の経営陣や社員との人間関係に恐れを感じているというケースが往々にしてあるのです。そうした方でも、診断で彼の半生を丁寧に振り返ってみると、特定の時期に、恐れをベースにしない、心理的安全が保たれた人間関係が築けていたことが見えきたりする。

良い関係が保たれていた環境をつぶさに思い出してみると、当時周りにいた友人の特性や、彼の個性を受け入れてくれる仲間のおかげで、周囲との関係性が良好だったことに気づきます。あとは、その時の自分の振る舞いや、友人の関わり方を思い出して、似た状況を職場でも作れば良い。メンバー構成を工夫したり、その友人に似たタイプの同僚と話す機会を設けることで、だんだんと、恐れではなく喜びを伴う周囲との関係性を構築できるようになっていくのです。

ー過去の成功体験から、学ぶんですね。

また、“合目的”的視座(成人発達理論でいうオレンジ段階の物の見方)への執着がある経営者の方が、自らの視座の変遷を振り返る中で、理性的・合理主義的な課題解決の役割を手放して、“社会的”視座(成人発達理論でいうグリーンやティール段階の物の見方)を得て、理想の社会を語る思想家としての役割を、徐々に増やしていく決意をされることもあります。

人生を振り返る中で、自分が得意な物の見方がいわゆるコンフォートゾーンになってしまっていることを自覚し、必要に応じてより広いものの見方を獲得すべく、ストレッチする理由が見つかったから、そうされるのです。
このように、意識構造を診断することは、新たな視座を獲得するための変化を迎え入れる機会になります。

視座の成熟度合いが、企業の発展を決定づける未来

ー昨今、ティール組織や成人発達理論が話題になるなど、発達段階(視座の拡大・成熟度合い)に対する注目が高まっているのを感じます。なぜだと思われますか?

「物質的な拡大や豊かさ、経済の成長が僕らの幸せに繋がる」というストーリーが成り立ちづらくなってきた世の中で、精神的な豊かさや生きがいを求める人が増えているからでしょう。視座の拡大・成熟を進めていくことは、自分が本当に望む生き方を、社会で実現していくことでもあり、より幸せに生きるための条件とも言える。さまざまな人の立場に立って考えられるようになり、繋がりをより感じやすくもなりますからね。

現在、企業がメンバーの内面の成長や働きがいに着目するようになった主な理由は、正直なところ、経済成長を目的とした人材確保の為というのが大きいように思います。“合目的”的視座からそうしているに過ぎません。しかし、本来もう少し先には、視座の成熟そのものが経営戦略と位置付けられ、企業の発展やサステナビリティを決定づける未来がくるんじゃないかと思っています。

ー視座の成熟そのものが、企業の発展に必要不可欠な要素になるということですか?

そうですね。視座の拡大・成熟が進んでいる人は、会社や社会、地球環境の範囲まで自分ごととして考えるようになり、捉えられる時間軸が長くなります。例えば、”自他最適”の視座(成人発達理論でいうアンバー段階の後期のものの見方)を持つマネジャーは当月の売上について主に思考し、”合目的”的視座を持つマネジャーは数年先の事業計画や会社の姿、”社会的”視座を持つ方は中長期的な未来の社会システム、さらに視座が拡張・成熟すれば人類の進化について考えるようになるイメージです。

広い範囲・長い時間軸を見据える視野を持つほど、企業のサステナビリティは上がっていきます。ただし、視座が成熟している方が良いわけではないことも強調しておきますね。業態や役職によって、求められる視座は違いますから。

視座の拡大・成熟と企業の発展の関係を、もう少し違う側面から語るならば、全ての生物に共通する「ホメオスタシスの原理」について説明すると分かりやすいかもしれません。ホメオスタシスとは、生存のために内部環境を一定に保つ、生物一般に共通する特性のこと。世界的な神経科学者のアントニオ・ダマシオによれば、このホメオスタシスは感情を起点として作用します。要は、人間はネガティブな感情(恐れや不快感)を、ポジティブな感情(安心や充足感)に変換するように振る舞うということです。

視座の拡大・成熟とは、自分以外の他者や社会を自分ごとにすることですから、それは同時に、他者や社会の持つ“負”の側面に対して、ネガティブな感情を持つことにも繋がる。すると、解決しようとする内発的動機が生まれます。

したがって、視座の拡大・成熟が十分に進み、自分を含むより高次の系——所属する集団、企業、社会、地球——の調和と発展に向けて、ホメオスタシスを作用させることができれば、そこから発露する活動は、自然と事業性や社会性を帯びていくのではないかと考えています。

人間の視座の拡大・成熟に「痛み」はつきもの

ー経営者や社員が、長い視野を手にいれ、社会や地球という高次の系の発展を支える振る舞いをするようになることが、企業のサステナビリティや発展に繋がるんですね。それでは、視座の拡大・成熟には何が必要なんでしょうか。

視座が拡大・成熟していくプロセスには、ある種の痛みがセットとなります。ホメオスタシス的にいえば、自分の生存で手一杯だった人が、高次の系の発展にリソースを割こうとした場合、すぐには上手くいかなくて、心理的なざわつきや苦しさを感じる。

さらに、自分ごとの範囲が広がると、感情移入できる他者が増えるので、充足感が増えると同時に、他の人の不幸を悲しむことも増えてくるでしょう。自分と他者の痛みに直面して、放って置けなくなるという心情を持つことは、成熟の証でもあります。

例をあげるならば、知人にとあるお医者様がいます。彼は、目が徐々に見えなくなる病を患った方の治療を日々担当していました。ですが、そもそも完治しない病もある。どれだけ彼が努力をしても、目の前の患者さんが失明する未来は変わりません。彼は患者さんと向き合う中で、「自分は何も出来ていない」という、非常に苦しい無力感や悲しみを肌身で感じたことで、新しい取り組みを始めることにしました。目が見えない方のQOLを高める医療デバイスを開発することにしたんです。

深い心的痛みを経験したうえで、内面から湧き出る慈悲の感情を持ったからこそ、情熱が止まることはなく、新しいサービスの開発につながったのです。本事例は、視座の拡大・成熟によって、自分ごとの範囲が増えた結果、取り組むことが事業性と社会性を帯びていくことの1つの例だと思います。

生き方の選択に良い悪いはありません。しかし、幸せな感情だけに浸っていると、どうしてもこの境地までは至れないように思います。痛みや苦しみを避けるのは人間の本能ですが、そうした痛みの体験こそが視座の拡大・成熟を進めるという認識は大切ですね。そして、視座が成熟した分だけ他者の力になることができて、それを通じて深い幸福感を得ることもできます。

「インサイドアウト」でキャリアを描く

ービジネスパーソンが、企業の中で視座の拡大・成熟を進めていく為にできることはなんでしょうか?

分かりやすい実践として、「インサイドアウト」でキャリアを作っていくことをオススメしています。出世や成績などの、外側から与えられる物質的な価値を求めるのではなく、自分が本当に望むことを満たしていくプロセスの中で、キャリアを形成していく考え方です。

先述したように視座の拡大・成熟には、心の底から湧き出るピュアな感情が大切です。しかし、他者によって設定された基準や、他者との比較があってこそ成り立つ相対的な価値(市場価値、金銭、ポジション、会社のブランド)だけを目指していると、その感情には辿り着けない。「自分はピュアな感情で出世を目指している」と主張する人もいるかもしれませんが、それは、そう思い込んだ方が悩まなくて済むという、合理的な思考の結果かもしれません。

自分が本当に心から望むことを満たしながら、「インサイドアウト」にキャリアを作っていけるよう、丁寧に自己内省することが大切だと思います。

ー成績や会社でのポジションばかりを重視する「アウトサイドイン」な上司や経営者、事業環境の下で「インサイドアウト」に働くのは難しいように思います。

質問に対する回答にはなっていないかもしれませんが、「インサイドアウト」になれないことの苦しみを感じるのも、悪いことじゃないと思います。自分が望んでいる姿であれない期間が、気持ちや能力を育むこともある。それそのものが、後の視座の拡大・成熟の糧になります。

コーチングをしていると、出来事に良い悪いといった判断が無くなっていきます。クライアントの方が、当初は課題だと感じていた事が、視座の拡大・成熟の視点から見れば、必要な経験だったと感じられるようになることはよくある。

極論を言えば、どんなにネガティブな環境でも、「インサイドアウト」で生きていく為にどうしたら良いかを考えるだけなのかもしれません。もちろん、ネガティブな環境から距離を取るために転職をするなどの選択肢も含めて、外部環境に依存せず生きていく前提を持てるといいと思います。

ーネガティブな環境で頑張り過ぎると、疲弊してしまわないでしょうか。

「頑張る」という言葉自体に、「周りからダメなやつと思われるかもしれない、それを避けるために無理をしてでも頑張るんだ」といったような「アウトサイドイン」の要素が含まれると、自分の幸せを無視してでも、他者を満足させようと無理をしてしまい、疲弊に繋がるかもしれません。

逆に、目の前の苦しみが、自分の人生の目的に向かうための挑戦だとの確信が持てれば、自分が壊れない範囲で努力することは可能なはず。そのためにも、自分の「インサイドアウト」とは、どのような在り方かを見つけていくのが大切なんです。

ーメンバーが自分なりの「インサイドアウト」を見つける為に、上司や経営者ができることはありますか?

自分が本来望むことを理解するには、本人側の準備が必要なので、意図的に他者を「インサイドアウト」に導くのは難しいかもしれません。例えば、両親のことが大嫌いで、見返すために努力してきた「アウトサイドイン」な方に対して、突然「あなたの本当の幸せはなんですか?」と問うても、答えるのは難しいもの。

そうした中で、上司や経営者の方ができることは、まずは自分が「インサイドアウト」で生きることではないでしょうか。純粋な願いから生きる姿が、メンバーの視座の拡大・成熟にも良い影響を与えるはずです。

最後になりますが、今回お話しした成人発達理論や意識構造診断は、人間を説明する上で有用なツールではありますが、それと同時に補助線でしかないという事を伝えておきたいと思います。単一の理論、あるいは、ありとあらゆる心理学の知見を総合しても到底説明し切れない、様々な要素の複合体が人間です。その人間一人ひとりのユニークネスと可能性を心から信じる人たちに、理論を運用していってもらいたいと願っています。

[取材構成編集・文] 水玉綾、佐藤史紹  [撮影] 伊藤圭

Beingは、
ひたむきに生きるビジネスパーソンが打ち明けた、
純粋な願いたちを集めました。

人として、組織として、社会として、
本当はどう在りたいか。

組織と事業の成長、取り巻く環境変化のなかで
ときに矛盾や葛藤、経済合理性にもがきながら
彼らがBeing-在り方-を磨いてきた過程とは。

ここでしか語られることのない
飾らない言葉たちを分かち合います。

さあ、本当の願いからはじめよう。

メディア「Being」は
ひたむきに生きるビジネスパーソンが打ち明けた、
純粋な願いたちを集めました。

人として、組織として、社会として、
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ときに矛盾や葛藤、経済合理性にもがきながら
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ここでしか語られることのない
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さあ、本当の願いからはじめよう。