もう喉は乾き切っていて、足は今にもつりそう。少しでも気を緩めたら倒れ込んでしまいそうなほど疲れ果てているのに、なぜか、絶対に走るのをやめてはいけないと感じている。一体なぜなのか……。MBA、中小企業診断士、キャリアコンサルタント、産業カウンセラーなど30個以上の資格を持ち、これまでの読書数は3,700冊を突破。さらに現在は、仕事をしながら博士課程に進学し経営学の研究を進める等、人並外れた学習欲で、経営学から心理学まで習得し、プロフェショナルコーチ、経営コンサルタント、大学講師など多方面で活躍している筒井 健太郎さん。一見、順調にスキルをつけ、キャリアアップしているように見える筒井さんですが、その実は、常に「もっと評価されるために、もっと学ばなきゃいけない」と焦燥感に駆られ、どんなに努力しても満たされない苦しみを味わっていたそう。周囲からの期待に過剰に応え、その度に自分自身が苦しむという負のループ。そこから抜け出すきっかけになったのは、幼少期に抱いていた「父親に認められたい」という強い欲求を認め、捉え直したことでした。周りからの評価を手放し、自分が心から歩みたい道を選ぶ。その選択を自身に許したとき、キャリアはどのように変わっていったのでしょうか?筒井健太郎|エグゼクティブコーチ早稲田大学 法学部を卒業後、東京海上日動火災保険株式会社に入社。商品企画・開発業務、マーケティング業務、法人営業を担当。その後、三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社で組織人事戦略部に所属。後に株式会社セルムにて組織人事コンサルタントとして、大企業の組織・人事に関する課題解決を支援。現職と並行して、ベンチャー・中小企業向け「経営コンサルティング」「(パーソナル)コーチング・キャリアカウンセリング」「教育活動(名古屋商科大学経営学部での非常勤講師等)」を行うとともに、現在は、名古屋商科大学大学院マネジメント研究科の修了を経て、立教大学大学院経営学研究科博士課程後期課程に進学し「心理的資本」「セルフ・コンパッション」をテーマに研究活動も行っている。周りから見れば努力の鬼。でも自分の中にあるのは常に焦燥感ー筒井さんは、いわゆる「いい大学」を出て、超大手企業に入り、一般的に見れば輝かしい経歴をお持ちですよね。でもご自身としては、あまり満たされていなかったということですが、それはなぜでしょう?そうですね。常に競争の中で、いかに勝つか、人より優れるか、周囲から評価されるかばかりを考えていたからだと思います。重要な意思決定を下すときも、より社会的に評価が高い方を選ぶ。そんな基準で自分の進む道を決めていました。私は3人兄弟の長男なんですが、銀行マンだった父親はものすごく厳しい人で。幼い頃から「トップを取れ」と教育され、成績表は当然のようにオール5を求められましたし、旅行先などでも必ず「勉強しろ」と言われ、実際にしていましたね。とにかく毎日ハードでした。そんな風に育った私は、大学受験では「日本のトップだから」という理由で東大を志望し、結局落ちて早稲田大学に進んだあとも、文系職で最難関だからと弁護士を目指して、司法試験の勉強をしていました。さらに友人から「世界一(入社するのが)難しい会社がマッキンゼーだ」と聞いて以来、外資系の中でも難関と言われるコンサルティングファームのインターンなどに参加するようになったり。就活も、司法試験に受からなかったので遅めに始めてみて、運良く国内損保業界では最大手の東京海上日動に入社したのですが、自分としては「滑り止めで入った」くらいの感覚なわけです。トップのコンサルティングファームのインターンで優秀な人たちと張り合っていたことで、まあ調子に乗っていたんでしょうね。今考えると大変未熟で恥ずかしいですね。―「トップを取れ」と言われて育ち、実際に「トップと言われるもの」を手に入れられるように努力してきたんですね。幸い、学ぶこと自体は苦じゃなくて。だからこそなのか、「なぜ学ぶのか」「なぜこれを目指すのか」などを考えることなく、ひたすら「もっと難しいもの」「よりすごいもの」だけを追い求めていました。ですが、新卒入社してから、これまでにないほど大きな挫折を味わいました。配属されたのは、自分で言うのもなんですが、全国から選りすぐりのエリートが集まる、まさに花形と呼べる商品開発を行う部署。ただ…その分、業務の難易度は非常に高く、常に高いレベルを求められるハードな環境でした。能力や知識不足ゆえに、どんなに頑張ってもまったく褒められたり評価されたりすることはない。納得できないことに対して自分の意見を言おうものなら「あなたの意見は要らない。言われた通りにやって」とシャットダウンされる。それまでずっと競争の中で上位に食い込んで評価されてきたのに、ここでは誰からも認められない。勝つことで見出してきた自分の存在価値が、全て失われてしまったんです。誰からも評価されないことに対して常に焦りが止まらず、なんとかしなきゃと思うのに、やってもやってもずっと「足りない」。自己肯定感はボロボロになりました。そんなどん底な日々が3年ほど続いたところで、転機がありました。東京本社から大阪への異動が決まったんです。少しずつ重荷を下ろし、最後に残ったのが「父との関係」だったー異動が転機になったんですね。ボロボロになった状態から、どんな風に変化したのでしょう?業務内容はほぼ同じでしたが、異動先の上司や先輩は、私がこれまで培ってきたスキルや知識を認めてくれて、意見にも耳を傾けてくれました。周囲からの厳しい言葉はもちろん、自分で自分にかける言葉としても、「お前はまだまだ足りない」「そんなんじゃダメだ」と言い続けていたなかで、久しぶりにポジティブな言葉をもらった。「評価してもらえる部分もあるんだ」と気付き、とんでもなくマイナスになっていた自信や自己肯定感が、ほんの少しずつ回復していきました。この体験を経て、わかりやすく評価されるものに流されるのではなく、自分の生き方の舵を握り直したいという思いが芽生えてきました。自分の「やりたいこと」はなんなのか。改めて自分に問い直して浮かんできたのが、学生の頃に興味を持っていた経営コンサルティングや経営学などで。また、少しずつ経営系の勉強をすすめるなかで、リーダーシップ・モチベーション・キャリアが3大テーマと言われる「組織行動論」という分野にも興味が湧いてきました。学生時代には心理学にも興味を持っていたのですが、仕事にするのは難しいだろうと趣味程度に学んでいて。組織行動論って、経営学も心理学も扱うような領域なので、「これだ!」って思ったんです。関連してコーチングも学び始め、さらに学問的な基盤がよりしっかりとしているカウンセリング領域についても学ぶようになり、産業カウンセラーやキャリアコンサルタントの資格取得に向けて、スクールにも通いました。ーコーチとしてのキャリアもこのあたりから始まるんですね。そうですね。私としては、コーチングはもちろん、カウンセリング領域も学んだことがすごく糧になっていて。産業カウンセラーの勉強のときって、講座が10ヶ月ほどあって、その間ずっと受講生同士でカウンセリングして、自分にも向き合うんです。とにかくたくさん傾聴してもらい、その過程で自己開示し、受容され、内省し......ずっと「足りない」と感じている自分や、これまでの後悔、挫折を捉え直していきました。カウンセリングの中でも特に印象に残っているのが「筒井さんって、リラックスしたことありますか?」という質問です。そのとき、「リラックスってなんぞや?」って思ったんですよ(笑)。そんなのしたこと無いぞ、と。私はいつも焦燥感に駆られていて、常にアクセル全開でないといけないという強迫観念を持っていたんです。でも、ブレーキもあっていい、むしろ必要。長く自分と向き合い、時にうまく行かなかった経験も、今の自分につながっていると気付けた。その過程があったからこそ、この問いをもらったときに「もうアクセルを踏み続けなくてもいい。少し肩の力を抜いてみよう」と素直に思えました。そんな10ヶ月を通して、なんだか生まれ変わったような感覚でした。というか、世界の見え方が変わった。実際には周りは何も変わっていないのに、自分自身の世界を見る目が変わることで、全てが変わって見えたんです。ただ、そうやって内面が変化するなかで、どこから掘っても最終的にぶつかるのが、幼少期から強烈な影響を受けた、厳格な父親との関係でした。子ども時代の経験に向き合ったとき、自分らしいキャリアへの道が拓けたー幼少期の父親との関係が、現在の筒井さんにまで影響を与えていると。そうです。その影響は、自分で思っていたより強大でした。私は、周囲からの期待に応えようとするあまりにアクセルを踏み続けて、自分自身すら犠牲にしてしまう面がありました。その奥底にあるのは、常に厳しく、良い成績を出しても「当たり前」で褒めてくれない、そんな父親との関係性でした。「父に認められたい」と願うあの頃の自分が、今の自分の中にもずっといたんです。また、そんな自分の中の自分の存在が、仕事で出会った権威ある人に対する承認欲求にもつながっていました。その人に認められるために、自分らしさや意志を埋没させ、一番評価されることをしようとしてしまう。でも、もうそういう生き方はしなくていいと思いました。自分のやりたいことを優先して生きていこうと。―父親や、父親を投影した権威ある人に認められようと頑張りすぎてしまうのは、無意識レベルで起こっていることですよね。そういった自分の反応を、どのように変えていったのですか?そこは本当に試行錯誤でしたが、大きかったのは2つです。1つは、「自分に嘘をつかない」と決めること。認められたくてたまらない自分の心も本心ではありますが、認められるために、自身の内発的動機とつながっていないことをするのは嫌だというのも本心。より大事にしたいのは後者だと認識し、やりたいことに対して嘘をつかないようにしたんです。嘘をつかないと決めることで、認められるための行動を取りそうになるときでも、少しずつ立ち止まれるようになれました。もう1つは、自己主張や自分の思いを相手に伝えるトレーニングを受けたことです。アサーション・トレーニングというのですが、これは、対等な立場でお互いを尊重しながら自己主張できるようになるためのトレーニングです。どちらかが一方的に「認める/認められる」というのは対等な立場ではありませんよね。親子や上司と部下などはこういった上下の関係になりがちですが、そうではなく対等に対話ができるように、考え方や実践方法を学びました。私が今勤めている会社は3社目で、2回転職しているのですが、そもそも父親の世代は転職が珍しく、それだけでも理解してもらいにくい。しかも3社目はそれまでと違い、私がやりたいことを実現できるものの、知名度のある大手会社ではありませんでした。今までの父との関係性だったら、そもそも転職を隠したり、伝えても理解してもらおうとは思わなかったかもしれません。でも、こういったトレーニングでコミュニケーションのとり方を学び、諦めることなく自分の言葉で転職のことやなぜその決断をしたのかなどを伝えることができました。そんな風に自分の中にある父との課題に向き合う中で、また転機があって。組織開発系の研修の一環で、自分の良いところを身近な人数名に書き出してもらうというワークがあったのですが、何を血迷ったのか、それを父親に依頼してみたんです。ーそれは思い切りましたね!自分でもよくやったなと思います…(笑)。ただ、後日、父からメールで送られてきた回答は、私の予想から大きく外れるものでした。父の回答は、私のことをよく見ているのが伝わる内容で。ほかの誰よりも深く豊かに、私の良い面を説明していました。私のイメージの中の父は、どんなに頑張っても認めてくれない厳しい人。でもその文面に表れていたのは、子どもをよく理解し、良いところは認める、厳しくも優しい父親の姿でした。メールを受け取ったときの衝撃は、今でも忘れません。これまで決して口にしてくれなかったけれど、こんなに認めてくれていたんだ、と。京王線の電車内で、場所も気にせず泣いてしまいました。同時に、父の不器用さも感じて。これが、父親への凝り固まった先入観を溶かすきっかけになりました。その後、また偶然が重なって「東洋経済」の人生100年時代のキャリアに関する特集で取り上げてもらい、自分のやっていることや想いを客観的な記事として紹介してもらえる機会がありました。その記事を通じて私が目指していることや、その社会的意義が父親に伝わったみたいで。偶発的な機会に助けられながら、時間をかけて父と向き合い、関係性も、父への見方もかなり変わったなと感じています。認めてくれない権威から、応援してくれる人になりました。内的欲求と実際の仕事が一致したとき、キャリアが動き出すー自分の中の父親に対するイメージが変わったことで、筒井さんを取り巻く現実はどのように変わりましたか?心の底から「期待に応えるだけが人生じゃない。好きな道を選んでも良いんだ」と思えるようになってから、自分でも驚くくらい、思い描いた理想のキャリアに猛スピードで進んでいけています。3社目への転職はもちろんのこと、ビジネスパーソンとして経営コンサルティングをしながら、大学院での研究もできており、さらには大学での教育活動も平行して行っています。これは全部、私がやりたいと思っていたこと。でも、こんなに早く実現できるとは思っていませんでした。産業カウンセラーの講座に通った10ヶ月で感じた「生まれ変わった感覚」を、再び感じています。それまで自分を縛っていた何かから開放され、鎧が脱げ、身体が軽くなって。軽やかにキャリアを歩んでいます。でも、鎧も悪いものではなかった。そこでもがき、必死で努力したからこそ得られたものもあり、今の自分の土台になっています。そうやって鍛えた上で、父親との関係や、そこから生まれる「人から認められたい」という強すぎる欲求をコントロールできるようになったことで、より高く、自由に飛べるようになったと思っています。ーなんというか、今も過去の筒井さんと変わらず学び、新たなスキルや知識を身に着け、キャリアアップしながらハードに働いているようにも見えます。これまでとは何が違うのでしょうか?圧倒的に違うのは、実際にやっていることと、自身の内発的動機との一致感です。少し前までの私は、努力して知識やスキルが増えても、どこか満たされず、むしろ焦りが増すばかりでした。しかし今は、進めば進むほど、満たされていくように感じています。とにかく、やりたいことを実現できて、楽しくて仕方がないです。しかも、ビジネスパーソンとしての成果のいち指標といえる収入も上がっています。転職の過程で一時的に年収が下がったこともあったのですが、今は取り戻し、むしろ増えました。スキル的な成長や年収アップは、キャリア戦略を立ててやっていけば、あるいは年功序列があった1社目に居続ければ達成できることではあります。でも、もしそれができたとしても、おそらく今ほどの充実感はなかった。これは、ただの「成長」ではなく、「発達」だからです。より評価されるものや高い年収を追い求めても成長はできる。ただ、それが自分の内側から湧き出るやりたいことと一致しているかどうかによって、人生の充実感が変わります。より充実したキャリア、人生を歩むためには、成長だけではなく、内発的動機とやっていることの一致度を高めていく「発達」が重要なのだと思います。そして、そうした発達プロセスの中で、人生の「ミッション」が顕われてくるのだと思います。ーなぜ、筒井さんが今もなおパワフルに、貪欲に学び続けているのかがわかった気がします。うれしいです。過去の私のように、自分の中からの湧き出る願いよりも、周囲からの評価や競争に勝つことを優先している人は多いと思います。だから、コーチングでも組織開発でも、そういった人の声に耳を傾け、その人本来の願いや思いをどんどん大きな声にしていくお手伝いがしたい。そうして、競争に疲れ果てるのではなく、より充実感、そして有意味感を持って前に進める人を増やせたらと思っています。その先に、私の「ミッション」である”Work-spirit Revolution”の実現があります。残りの人生をかけて、仕事に向き合う精神の在り方について世の中に革命をもたらしていきたいです。[取材・文]山﨑浩司 [編集]青木まりな [撮影] 伊藤圭※撮影場所:NagatachoGRiD