ZaPASSで活躍するコーチに、コーチになったきっかけやコーチングへの想いを聞く連載。今回は、渡邊美月さんのインタビューです。河合 美月|プロフェッショナルコーチ大学在学中、ASEANの国際機関および大手人材会社のインターンシップで外国人人材の採用支援やダイバーシティマネジメントに従事。卒業後は電子部品メーカーに人事として入社し、採用業務全般~育成を経験。これまでに延べ1,000人のキャリア相談を受ける。その後組織開発、人材育成コンサルティング会社にて、大企業の人材育成体系の構築、リーダーシップ研修、キャリア研修、マネジメント研修などを担当。CTIジャパンにてCo-Active coaching®を習得。自らが不登校、パニック障害を経験し「生きづらさ」を感じていたことから、安心して自己開示、自己受容できる関係性の構築や、自分らしいwell-beingな人生を編み直すコーチングを提供している。生きづらさを抱えながらも自分の人生を諦めたくないと葛藤する人に、コーチングを届けたい――河合さんの、コーチングとの出会いについて教えてください。コーチングに出会ったのは、人材育成コンサルティング会社で、マネジメント研修の一部としてコーチングを取り扱ったときでした。当時の私は、そもそも「コーチングって何?」という状態。でも、もともと独学で脳科学や認知領域について勉強していたこともあり、コーチングの答えのないところや、人の可能性を信じるという奥深さに惹かれてしまって。自分の過去の経験から、「自分の人生を自分が諦めなければ、今この瞬間から人生を紡いでいける」という信念を持っていたのですが、コーチングを身に着けることで、その部分をもっと探求できるんじゃないかと感じたんです。そこで、コーチングスクールのひとつであるCTIジャパンに通い始めました。とはいえ、最初は自分の仕事に活かせればいいなというくらいで、プロコーチになろうとまでは考えていなくて。そんな私がプロになろうと思ったのは、自分がクライアントとして受けたセッションがきっかけです。人生のビジョンについて話しているとき、「人の多様性が解放されて、みんなが笑顔になればいいな」といった言葉が自分の中から出てきたんですよね。ふわっとしているものの、自分としてはそれなりに納得感はあった。でもそのときコーチから、「それ、なんか違いますよね?ほかにありませんか?」と問われたんです。私は「え!?なんか違うの!?」と驚く反面、ズバっと内面の奥底に、そのコーチの言葉が突き刺さって。ほかに何があるんだろう……。私はコーチと一緒に、自分の内側にさらに潜っていきました。そこで出てきたのが、「痛みを抱えた過去の自分を救いたかった」という願いです。私は小学校のときに、不登校を経験しました。対人恐怖症やパニック障害であった時期もあります。カウンセリングも受けていたのですが、何か物足りなくて。傾聴だけなら、寄り添ってくれる友人や家族がいたので。あの時の自分の傍にもしコーチという存在がいれば、あんなに苦しまなくて済んだかもしれない。「自分には何かが欠けている」「みんなと同じ道を辿れていない」という「生きづらさ」を感じていた日々の中に、コーチという存在がいてくれたら…。それが私のリアリティでした。「なぜ私でなくてはならないのか」に心から納得できて。この想いを持って、プロコーチとして生きていこうと思いましたね。――なぜコーチングが、苦しみや生きづらさへの救いになるのでしょうか?コーチングを受けることで、陰を含んだ自分のまま、どんな状態の自分でも愛せるようになると思うんです。もともと人は多面的な存在であり、好き嫌いや何を美しいと感じるのかも人それぞれ。なのに、学校や会社など社会的な集団の中で生きるようになると、それが薄まって「社会的なものさしにハマること」が評価されてしまう側面がありますよね。現代において社会の群れから外れることは、原始の時代における死を彷彿とさせます。そのため、みんなと同じでないことが不安感や孤独感を生じさせる。私も幼少期の不登校という経験から「学校に行くという普通のことができない自分は価値のない存在なんだ」という孤独を感じていました。でも、今の私にとっては、一人ひとり違うことこそが美しい。むしろ、その人らしさっていうのは他者との比較や違いから生まれるものです。人と比較することは、悪いことなんかじゃない。自分は、何が好きで何が嫌いなのか。譲れないものは何か。当たり前に溢れてしまうことは何か。人の魅力って意外と自分だけじゃ気付けなかったりするんですよね。だからこそ、「その人はその人のままで、何も欠けているところはない」という前提から始まるコーチングで、クライアントさんとともに探求したいと思っています。私と同じように生きづらさを感じたことがある人に、コーチングを通して「私は私として生きていてよかった」という瞬間を感じてほしいです。コーチとともに「自分らしさとは何か」という問いに本気で向き合う時間と居場所、それがコーチング――河合さんが考えるコーチングの価値は何ですか?どんな自分で居てもいい、稀有な時間と居場所であることです。コーチは、家族とも友達とも全く異なる第三者。だからこそ、クライアントは仕事や家庭で担っている役割や重荷、今まで背負ってきた過去などを全部下ろして、自分にとっての真実を探求しやすい時間だと思います。加えて、コーチはクライアントの可能性を絶対に信じていて、「クライアントは何も欠くことがない、創造性あふれる存在である」という前提を持っています。このコーチの姿勢が対話の中でクライアントに伝わることで、「どんな自分を出しても否定されないだろう」と安心感を持てるんですよね。こうして、どんな自分で居てもいいという前提で言葉や感覚を紡ぎ出す。コーチがそれを受け止め、問いとして投げ返す。この関わりを繰り返すことで、自分の無意識下の「こうあるべき」という認知の枠を広げることができると考えています。先ほど、私自身の体験談として、コーチとの対話の中で自分でも気づいていなかった自分のビジョンにたどり着いたお話をしました。こんな風に、自分でも見えていなかったところにたどりつけるのがコーチングですし、そのベースには「今この瞬間の自分でいられる」という安心感や心地よさがあると思います。自分の「らしさ」を発揮するためには、「どんな自分でもいい」という自己受容が欠かせません。でも、学校や会社で多いのは、社会の評価に合わせた改善の要求、または「それではだめだよ」といった否定ではないでしょうか。そのような環境に居続けると、「自分が求める自分」ではなく「誰かが求める自分」を演じるようになります。そこから抜け出し、自分にとっての大切なものとそうでないものを知覚する時間と居場所であること。これがコーチングの価値だと思います。クライアントがどんな状態であっても、それこそが魅力であると信じること。「らしさ」は弱さと隣り合わせかもしれない――河合さんがセッションで大切にしていることを教えてください。私が大切にしていることは、3つあります。1つ目は、「弱い自分とともに進もう」です。人間は多様な存在であり、誰にでも強いところもあれば弱いところもある。でも、「弱さ」は特に否定されたり隠されたりしがちです。ただ、自分では隠したいコンプレックスもほかの人から見たら魅力だったり、自分のビジョンを実現していくために必要不可欠な要素だったりします。自覚がないまま、自分の一部を否定して隠してしまうのはもったいない。自分が弱さだと思っているものは、実際には「強い」「弱い」といった二元論で語れるものではなく、大切な自分の一部であり、魅力なんです。そういった、自分にとっての強さも弱さもすべて抱きしめて、少しずつの歩みでも、一歩ずつ進んでいけるようにサポートすることを大切にしています。2つ目は、「目の前の『その人』と作っていく」です。私はコーチングセッションで、クライアントを「知ったつもりにならない」ように気をつけています。同じクライアントでも、その時その時での状態や大切にしたいものは異なります。「このクライアントさんはこういう人だ」と考えていると、それだけでクライアント自身の可能性をコーチが狭めかねません。セッションの中では、クライアントが発する言葉だけではなく、非言語情報やエネルギーの変化も見ています。これはとても繊細な変化。クライアントへの固定したイメージを持ってしまうと、そこを見逃してしまうかもしれない。だから、何度もセッションを重ねてクライアントのことを深く知れたとしても、「今日のこの方はどんな人なんだろう」という新鮮な視点を持ち続けたい。毎回、まっさらな気持ちで向き合うようにしています。3つ目は、「目標設定はどちらでもいい」です。コーチングセッションは、高い目標を掲げてそれに向かってガツガツ行動し続けていくものだというイメージをもたれるかもしれません。もちろんクライアントによってはそういった場面もあるのですが、私のセッションにおいては目標設定はどちらでもいいと思って接しています。目標や具体的行動を起こすかどうかも、クライアントの意志を尊重して一緒に決めていく。目標を定めた方が前に進める人もいれば、目標やネクストアクションという言葉を使うことで本領発揮できない人もいる。コーチングセッションで必ずこうしなければいけないという枠組みの外で、目の前のその人とともにいることを大切にしています。人と違うことこそが美しい。違いへの承認や共感の輪を広げ、自分を愛し、他者を受容できる優しい世界へ――河合さんは、これからどんなクライアントを支援していきたいですか。苦しさを感じていたり、自己否定してしまったりしながらも、わずかでも自分の可能性を信じ、自分の人生を諦めたくないと思っている人をサポートしていきたいです。「自分の可能性を信じている」という気持ちの根底には、「もっとこうならいいのに」「自分はもっとこうしたいのに」という希望があります。私自身も、不登校やパニック障害などになっていた時期は、自分で自分を否定し追いつめていました。でも、苦しみ10割ではなくて、1割か、もっとわずかかもしれませんが「もっとこうなりたい」という希望も持っていました。自分に自信なんて、少しもなかったけれど。希望はあったんです。コーチングでは、コーチとともにありたい未来を描くことができます。今が苦しいとしても、自分の人生のピークは自分で決めることができる。私自身が絶望した経験があるからこそ、希望を掴み、自分の人生を変えていきたいという願いを抱く人をサポートしていきたいです。やっぱり、私の根底にはすべての人は可能性に溢れた存在であるという信念があって。陰を抱えた人にこそ、コーチングを届けたいんですよね。陰陽で例えるならば、陰と光は隣り合わせなので。陰には、もっと輝いていける可能性が絶対ある。ただ、自分は自分として生きていていいんだと思うためには、コーチとクライアントの1対1だけではなく、より多くの人の間で承認の輪が広がる場があったほうがいいのではないかとも考えています。コーチ1人から承認されることも力になりますが、「あなたがそう思っているだけでしょ」と感じてしまうこともある。特に自己不信が強いときは、100%素直に受け取れなかったりすると思うんです。私もそうでしたから。だから、新たな試みとしてグループコーチングやクライアントさん同士の居場所づくりを実施しています。グループコーチングの場で自分をさらけ出し、あの人からもこの人からも「そんなあなたも素敵」と承認される。そうすれば、自分が思っていたよりも世界は優しかったと気づける体験になるのではないでしょうか。欠けることのない、まあるい自分を受け入れ愛することができれば、自然と社会評価でのものさしが消え、周りの人のことも「違うから面白いよね」と感じられるようになると思うんです。こんな風に「弱さも含めて自分だよね」「むしろその弱さがやさしさにつながっているよね」といった承認や「苦しみを抱えているのは自分だけじゃないんだ」といった共感の輪を広げていきたい。その先に、一人ひとりが本来持っている魅力を発揮して、自分らしいとそれぞれが想い合える世界があると信じています。[取材]大門史果 [文]米澤智子 [編集]青木まりな [撮影] 伊藤圭※撮影場所:NagatachoGRiD