ZaPASSで活躍するコーチに、コーチになったきっかけやコーチングへの想いを聞く連載。今回は大上智之さんのインタビューです。大上智之早稲田大学法学部卒業。15年以上にわたりIR(InvestorRelations)を専門分野に、ヘルスケア、自動車、精密機器、エンターテイメントなど、日本を代表する大企業において部長職を歴任。グローバルの機関投資家との通算5,000時間以上の折衝とその結果としての資金調達を通じて、すべての会社の時価総額向上を実現。経営者や資本家とのコミュニケーションを通じて獲得した、多様な知見と人を動かすノウハウをコーチングに活かす。(一財)生涯学習開発財団認定マスターコーチ。 もがき続け、やりがいを求めてたどり着いた、「いかに死んでいくか」という考え方 ――大上さんがコーチングと出会うまでに、どんなストーリーがありましたか?私のキャリアは、新卒で入社した医薬品企業における営業職からスタートしました。希望していた職種ではなかったのですが、それでもしばらくやってみようと思い、結果として10年間継続しました。その期間、成績や評価もついてきて、どんどん面白くなっていきましたが、同時に「本当に自分がやりたいことは何なんだろう」と考えるようになりました。そう思い始めてから、自分がやりがいを感じられることを無我夢中で探しました。具体的なありたい姿がないままMBA や英語を勉強したり、その過程で社外の人と出会ったり、とにかくアヒルの足のようにもがいて。結果として、自分の強みを生かしながらより影響の範囲を広げられるIRという職種にキャリアチェンジしました。 それ以来現在に至るまで、このIRという職種を楽しむことができているので、自分の意思でキャリアチェンジして本当に良かったと思っています。また、好きな仕事だけに、より確たる軸を作っていくために、医薬品、自動車、精密機器など、あえて属する業態を変えたり、いろいろな会社のステージにチャレンジしたり、自分の競争力を上げ、早期に成果を出すことを意識してきました。 ー自分のやりがいを追求し、しっかり結果も出すことが出来たんですね。はい、充実していた時間でした。そんなある時、良性ではあったのですが難しい手術を必要とする腫瘍が偶然見つかったんです。後遺症が残るような大きな手術だったので、命の限界を身を持って体感しました。「いかに生きるか」って永遠に生きるように聞こえますが、人っていうのは死にますからね。死を前提としてどうやって限られた時間を過ごすべきか、「いかに死んでいくか」という観点で、物事を考えるようになりました。思ったのは、自分のためだけに生きるのはつまらないということ。「自分が幸せに生きることができている今の環境がこれからも続くように、そして日本社会や次世代が進化と発展を遂げていくように自分の経験と知識をそれらに還元していきたい」と、揺るぎない想いが湧き起こりました。結果ではなく、プロセスの大切さを知ったコーチングとの出会い ――コーチングを始めたきっかけは何だったんでしょうか?第一には、前段でご説明した自分の価値観を体現したいという強い思いからです。加えて、自分の強みを生かせると思ったからです。IRの仕事は経営者や投資家の側にいて、比較的冷静かつ合理的な視点でビジネスを見ている特殊なポジションなので、この経験を活かしながらビジネスパーソンが様々な気づきを得られる機会を提供できればと考えました。それから、自分のリーダーシップ・マネジメント手法をより良くしたいと思っていたことも事実です。早い時期から管理職の経験をさせてもらうなかで、私自身のあるべき理想論が強くて、それを他者に求めてしまう部分がありました。その課題感から、コーチング的なアプローチを自分のマネジメントスタイルに取り入れていくことは、本業のリーダーシップに良い影響があるかもしれないと感じていました。 ――コーチングを始めて、ご自身に変化はありましたか?仕事でもプライベートでも、結果だけではなくプロセスや内面に目を向けるようになりました。子どもとの接し方においても、幸せを願うあまり、時に距離感を間違ってしまったと反省しています。私の経験の中で明らかにこっちが良いと分かっていることを、そういうものだと一方的に伝えてしまうことが多々あったんです。今振り返ると、自分の意見を押し付けずに話を聞いてあげて、自分で意思決定することの大切さとか、何かをするときのプロセスや内面を見てあげられたら、自分の中でより満足感の高い「親」でいられたかもしれません。コーチングのアプローチを学んでからは、相手の内面をきちんと見るように接し方は変わりましたね。結果に焦点を当てようとする自分の根本的な癖を修正する意識が、自然に働くようになりました。考え、悩み、結論を自分で出す ――今は正解がない時代とも言われていますが、ビジネスパーソンがコーチングを受ける価値はどんなところにあると思いますか? 自分の力で深く考え、自分なりに納得度の高い結論を出す「思考力」と「決断力」を鍛えるのには、コーチングは非常に効果的なアプローチだと思っています。今後人々の価値観や環境の変化によって、会社と従業員の関係が希薄になり、人材の流動性がさらに進んでいくと、会社で人を育成する概念がなくなっていくのではないかと思います。そうなると自分で自分を育てるしかない。自分で自分を育てるにあたっては、本を読むなどのインプットを行うことはもちろん大前提として必要なのですが、それだけでは不十分です。インプットしたら実践に向けてアウトプットしなきゃいけない。実践できる場があれば良いですが、それがなければ人に説明するとか、人に教えるとか、言葉に出すアウトプットが必要です。コーチングは問いに対してアウトプットする実践の機会になるので、自分の力で深く考える「思考力」と自分なりに納得度の高い「決断力」を鍛える意味で非常に効果的だと思っています。ただ、コーチングを問題集とするならば、教科書がないと問題が解けない場合もあります。自立性を開発するためのコーチング的な関わりを最優先にしていますが、それで解決しない場合にはティーチングのアプローチも重要。相手に応じて様々なアプローチを組み合わせることが必要だと感じているので、実際のセッションでもリクエストがあればコーチング半分、ティーチング半分で行う場合もあります。家族でも友だちでもないからこそ、話せることがある ――大上さんがコーチとして大切にしていることを教えてください。「がんばれ。あなたは孤独ではない。私がサポーターになる」というメッセージですね。言葉としてそこまでダイレクトな表現はしませんが、そのような雰囲気づくりを大切にしています。 今までのコーチングを通して感じるのは、どのポジションの方も年代を問わず皆悩んでいるということです。さらに共通するのが、自分の思いや考えをストレートに伝える場や機会がないということです。それは親しい人がいないわけではなく、自分の弱さを素直に吐露できる状況がないんですよね。 コーチはクライアントにとっては第三者であり、利害関係が存在しません。だからこそ、コーチングを受けるときはここぞとばかりに、思いっきり甘えてほしいですね。私を壁打ち相手にして欲しい。私はただ質問したり提案したりするだけです。でも、コーチングセッションで対話を繰り返す中で、最終的に自分自身を再発見できます。自分に自信が持てるようになります。どうすれば問題を解決できるか、方策も見えてきます。 素直に全てを話してくれた関係性の中で、「あなたはそのままでよい、そして自分で前進できるよ」って気づかせてあげたいです。次の世代にコーチングをつなげていき、子どもたちがより幸せに生きられる世の中をつくる ――コーチングを提供していて、どんなときに喜びを感じますか? 私が対話をもったクライアントの方が、「コーチングを勉強したい」、「コーチ側になりたい」と言ってくれたり、ZaPASSの育成講座に申し込んでくれたり、社内でコーチングを導入してくれたりしているのを見ると、とても嬉しいですね。一対一のコーチングではあるけれど、良い影響の輪がどんどん広がっていくのを感じる瞬間です。――今後チャレンジしたいことはありますか? これからの社会を担う子どもたちに、コーチングの対話を提供したいですね。哲学対話*¹のような、物事を自分で考えられる場が早い時期からあると、日本の社会はもっと発展していくのではないかと思っています。*¹参加者が問いを出し合い、一緒に考えを深めていく対話の在り方日本の教育は、一つの正解を目指すアプローチがほとんどです。そうすると決まった答えがあると思い込んでしまうので、思考力が低下します。学問としての知識を得ることも大切だけど、答えが世の中に一つだと誤解せず、多様な正解があって良いと受け止められる知力を育てていきたいです。実際の社会でも、答えは幾つもあります。ただ、沢山ある答えの中で最終的には何か一つを決めないといけない。自分で考える思考力や結論を出す決断力を私が支援することで、子どもたちをより幸せにすることができればいいなと思っています。[文]石山尚実 [取材・編集]橋野貴洋 [撮影] 伊藤圭[撮影場所] Nagatacho GRiD